アナログビデオの昔にSONYが販促ビデオを簡単に制作するkitのようなものを印刷関係にも売り込んでいたことがあった。カメラとビデオデッキと簡易編集装置などで、おそらく200万円くらいはしただろうと思う。他社からも似たようなものは出ていた。それらで放送とかコマーシャルフィルムの世界とは別に、様々な視聴覚教材や映像資料が作られていた。前職でも通信教育の教材にビデオを制作したことがあった。当時は撮影・編集を済ましてからMAのスタジオに出かけて音入れをしていた。ビデオテープのスタート・ストップをする職人さんが居て、それに合わせるように原稿を読んでいた。それに比べると映像資料の制作は今では遙かに簡便化した。
販促ビデオは店頭のテレビで流されていたし、ホテルなど施設内専用の館内有線TVのようなものはあったが、それが特別効果の高いものとして評価されていたようには記憶していない。CD-ROMやDVDがマルチメディアと騒がれた時代にも映像資料はたくさん作られて配布されたが、それらが販促に大いに貢献したという話も聞かない。つまり映像化というのはVHS以来40年ほど経っているにもかかわらず、プロの世界に留まっていて、近年まで一般人のリテラシーにはなっていないともいえる。デジタルサイネージのハードがいくら安価になっても、コンテンツ作りが足踏みなのは、このような歴史が関係していると思う。
株式会社キャメルの太田伸吾氏は、街頭テレビのような形でブラウン管の時代からサイネージ映像を作っていたとおっしゃっていた。新宿のアルタビジョンも1980年くらいからある。1985年の筑波科学万博ではSONYが2000インチのジャンボトロンという『世界一大きなテレビ』を屋外設置し、その場にいる人を映してインタラクティブな面白さも見せていて、それまでの映像制作とは別のライブ映像の魅力があった。この技術は後に野球場などに応用された。10数年前からデジタルサイネージという名称になって、何か新しいことが始まったように思う方もおられるかもしれないが、プロの世界ではたいていのことはそれ以前からあったといえる。
近年になって変わったのはSNS動画で、自分の周囲で何か起こった場合に映像記録でき、その場でSNSにアップできる同時性から共感を呼びやすい。サイネージ映像もライブ的なものは探せばある。近所の生鮮食品や魚肉などを売っているお店では、レジの列に並ぶと目の前にバックルームで作業をしている様子の映像を流していて、なんとなく見てしまう。中華屋さんで客の目の前で調理をしているのと似ている。
街のサイネージでは監視カメラ映像を混ぜて使う例はある。見張り効果を狙っているのだろう。道路の渋滞状況をライブカメラで配信しているとか、Webカメラのような映像ソースを公開するところも増えている。回転寿司の待合に店内の様子を映し出しているのもある。これらをもうちょっと進化させると、コンテンツ化できそうだなと思える場合もあって、機会があれば仕事に組み入れたいものだ。
映像制作というと、企画・絵コンテ・撮影・編集と制作工程を経ることが常識のようだが、そういうあらかじめ表現意図を整理・準備しておくものとは異なる世界、つまり資料化・文字化したものがない、そこにしかない、ということでかえって魅力に感じてもらえるものも考えらえる。