案内システムのカオス

東京駅周辺は、日本のデジタルサイネージが最初に大規模に使われだしたところであり、今ではどちらを向いても何らかのサイネージが見受けらえるほど面数も増えている。また昨年からディスプレイのリプレースで新しい設備にも入れ替わって、きれいな表示も多くみられる。

とはいってもデジタルサイネージの完成されたモデルかというと、どうもそうでもないようだ。いくつかの課題が見受けられて、それは今後デジタルサイネージが普及するであろう他のところにとっても悩ましい問題になりそうだ。

 

まず観光案内とか、施設・フロアの案内に使われるデジタルサイネージは、未熟さを隠せず、実際に人がどんどん利用しているようには見えない。この問題はあらためてとりあげる。

第2はデジタルサイネージ以外の表示物とデジタルサイネージの役割分担についてであって、サイネージが増えるとともに似たような情報があちらこちらに出てしまうことと、それでもデジタルサイネージが勝ち残ればよいのだが、むしろ何のためにデジタルサイネージにしたのかわからないものとなると、かえってデジタルサイネージが撤去されてしまうかもしれない危惧もある。

上の写真は丸ノ内線東京駅の改札だが、左端のサイネージは東京メトロが路線図や運行情報を表示させるために設置したもので、広告は載っていないのだが、左端に時刻や天気予報などの載せている。

その右には日付曜日を見せて、下に広告を取っているボードがある。その右には事故情報を書き入れるホワイトボードがある。改札の位置から見ると、一番重視されているのがホワイトボードで、デジタルサイネージが最も遠い位置にある。これはどうしたことか? 日付曜日付広告よりも分が悪い。

 

デジタルの情報表示システムなんだから、大体これらは一つの運行案内にまとめられそうなものだが、関係者がそういう大きな見直しをする前にデジタルサイネージの発注がされてしまったのであろう。つまり事故対応とか広告とか個別の事情とかしがらみの中でデジタルサイネージも動いているわけだ。

大義名分としてはデジタルサイネージにすると災害時にNHK緊急放送が流せることであるようだが、そのために日常はあまり活用されなくてもよい、とうのは筋が通らない。

 

次の写真も『世に貼紙のタネはつきまじ』と共通する問題だが、ビルの入り口には何かと案内板が増えていく例である。こういうことが起こる事情というのも十分分かるのだが、それでもデジタルサイネージがちょっとでも解決に近づくような例であってほしい。

おそらく左の大画面が最初に作られたのであろう。これは丸の内エリアにある108のサイネージに共通に流している『番組』のようなものであって、広告媒体というよりは、それぞれの時期に合わせたイベント案内や、作りこんだコンテンツが流れている。そして災害時にはここにどのようなものをどういうルールで流すかという緊急オペレーションも決まっていて、NHK緊急放送も流せる。

だがしかしこのパネルがはめられているビルの案内はここにはなく、右の掲示板や別のデジタルサイネージによる館内案内が置かれている。我々はスティーブジョブズではないので、統一的な美観を最優先にして、現状のしがらみを問答無用に切り捨ててしまうことはできず、複数のサイネージがあってもしかたないか、程度には思うが、来館者への案内について関係者の間に統一的なポリシーができていくような話し合いを始めないと、上記2例のような雑然とした、どこをどう見ればよいのかわからない案内システムのカオスに落ち込んでいくのだろう。

世に貼紙のタネはつきまじ

数年前に新築移転した某総合病院は、来館者の受付から最後の支払いまで、ほぼ自動販売形式で事務の省人化していて、かなり人の流れはスムースになっている。来館者の案内・誘導もいくつかのデジタルサイネージとか表示システムになっている。さすがだなあ、と思っていたが、このところ次第に紙の貼紙が増えてきている。

ここのデジタルサイネージは大別して2種あり、上記写真のような診察の案内は、予約システムと入館時のカード処理などから自動化して表示されている。一方で通路に縦型のデジタルサイネージがあり、そこには以前は紙の貼紙であった諸案内がローテーションで表示されている。それは交通案内とか路線バスの時刻表とか、フロアマップとか、ほぼ内容が変わらないようなものである。これは全く手作業でJPGとかを張り付けていると思われ、動画は基本的にはない。

 

こういうデジタルサイネージに対して、追加されている貼紙は、個々の検査室や診察室など、全館対象ではない追加事項とか、短期間の案内や変更が多い案内などアドホックな内容である。技術的には診察案内のところにアドホックな内容も表示できるので、そうすれば診察待ちでヒマな人はきっと読んでもらえるはずだ。

しかし診察案内のシステム化したデジタルサイネージには、アドホック的な案内が追加しにくいかできない構造になっているのだろう。アドホックな貼紙は、それぞれの部署の判断で貼ったり付け替えたりしなければならないから、システム的なものに情報登録する方法とは運用上の相性がよくないのだろう。

 

一般にデジタルサイネージの配信システムでは、割り込み表示の機能などがあって、スケジューリングやプレイリストの設定をこえて、一時的に別の表示を出せる仕組みがある。防災情報などのことも考慮しているからである。

問題はシステム的な案内表示にそのような割り込み表示があるかどうかと、その割り込みの仕方が簡単かどうかだろう。貼紙をするかどうかの判断は医師がするのだろうが、実際の掲示は事務担当者がするのだろうから、どの事務担当者でも操作可能なアドホックの表示機能があればよいことになる。おそらくこのことは企業や学校の内部のデジタルサイネージにも共通していると思われる。

テクノロジー vs 伝統

昨年暮れのクリスマスのイルミネーションを見ていると、どんどん派手になるのではなく、どちらかというとクラッシクな雰囲気に戻りつつあるのではないかと思えることがあった。地元吉祥寺駅前のイルミネーションは過去にいろんなLEDがどんどん増える方向にあったのが、近年は昔ながらのツリー状のものが定着しつつある。これはヨーロッパの街並みにも通じるような雰囲気がある。

一方で商店街のサンロードの方は天井にLEDが飾られてきたが、これもド派手なものではなく、線香花火に近い。いずれにせよサイン・ディスプレイが出しゃばり過ぎないような配慮がされているように思える。

 

一方ドバイやバクーやシンセンなど新興都市ではLEDでビル全体を囲んだような、プロジェクションマッピングにも似たディスプレイが増えていることを以前に書いた。こういった街々はそもそも低層ビルの屋上にネオンサインの広告がない。なにしろ何もなかったような土地に突如高層ビル群が現れた街なのだから当然である。かたや日本は低層ビルにネオンサインというのが元の姿なので、それを取り去ってまでビル全体をLED化するのは難しいだろう。

 

すでに日本でもLEDストリップによるビル壁面の大型ビジョンがあちこちにみられるようになってきた。しかしそこで表示されるものはきっと世界の新興都市にあるようなものとは異なったものとなるだろうと思う。

上の映像は新宿にあるものだが、スマホのカメラで撮ったらモワレが大胆にでてしまった。コンテンツはまだある意味ありきたりで、特段インパクトがないというか、むしろ1インチ間隔のLEDストリップの粗さがかえって目立ってしまうような絵柄を選んでいるのが気にかかる。つまりこのようなデバイスの場合はきれいな写真を再現しようということではなく、素朴なクリエイティブをした方が見栄えが良くなるのではないかと思った。

 

またこういった新技術の設置をした最初の段階は、技術デモンストレーションの印象が強く残っているので、新規なコンテンツを作りたくなるのだろうが、次第に景観との調和とか、商品・サービスとの調和の方が重要視されるようになって、クリスマスツリーが落ち着きを取り戻したように、無理のないコンテンツに収束するのだろう。

多面的に、重層的に

その昔、デパートのいろんなPOPを制作していた時、プロ野球の日本シリーズでどこが優勝するかという段階ではテンヤワンヤであったことを思い出す。優勝のあくる日から記念セールが始まるのだが、『日本一!』というのと『ご声援ありがとう』では売り場の熱気は天地のひらきがある。しかし前日までどうなるかわからずに商品もPOPも両用で揃えておかなければならない。そしてPOPの方は必ず半分はゴミになる。いずれにしても会社としては売り上げはたっているので、構わないといえばそうなのだが、いろんな意味でもったいない。

もしデジタルサイネージがあったならば、POPは半減させて、もっと直近の情報を使った表示ができただろうなと考えた。やはり事前のコンテンツ作りで若干の無駄は生じるが、ゴミにはならない。文字表現などメッセージ性のあるところはデジタルサイネージまわして勝敗によって差し替え、実際の飾り付けのところは勝っても負けても共用に作っておけば、設置も早い。これでPOPの無駄も防げる。

 

しかしこういう大イベントの時だけたくさんのデジタルサイネージを駆使するということもできず、日ごろから使えるようなデジタルサイネージであって、しかも大イベントの時は総動員して大きな盛り上げにできるのが良い。そういう構造の設計はまだデジタルサイネージではなかなかやらせてもらえない分野である。

 

たとえていうと、建物に人が入ってくる『エントランス』と、婦人服コーナーのような何等か共通項のある『ゾーン』と、その中に位置する個別の『店舗とか売場』という3層の表示をどう関連づけるか、という問題整理をしなければならない。それには、現状では建物やテナントを管理する会社と、フロアプランを担っている会社と、商取引を行う店舗という、異なる会社が連携する必要もある。

『エントランス』によくあるのが館内案内であり、ゾーンや店舗のマップとかをデジタルサイネージで表示している。これはこれで完結しているものが多いが、本来なら各『ゾーン』の出入り口などのサイネージとコンテンツが連動できるようになっていて欲しい。

つまり『ゾーン』のあるメイン表示を変えると、館内総合案内に出てくるゾーンの説明用表示が変わるような仕組みである。これは同時にゾーンの案内表示と各店舗の表示とも連動していて、店舗の休みや入れ替わりに自動/半自動で対応することにもつながる。

 

もしこれらが連動できないとなったら、紙の垂れ幕の『優勝おめでとう』ならエントランスもゾーンも店舗も全部に貼れるのに、サイネージではそう簡単にはいかないとは言えないから、それぞれのサイネージのコンテンツ更新は非常に煩雑になり、特に大イベントでいろんな表示を総動員で入れ替えるような時はギブアップになるかもしれない。

 

今何らかの対応をしなければならないなら、エントランス、ゾーン、店舗のサイネージそれぞれに、コンテンツを共通に使えるテンプレートを用意して、素材の流用に手間がかからないようにするのが関の山かもしれない。

 

 

コンテンツとは何ぞや?

ネットが普及した今日でこそ、コンテンツという言い方もよくされるようになったが、日本語にするとどうなるのだろうか? 英語のコンテントは単に『中身』程度の意味だから、何らかの形容詞がついて、adult content とか free content などとは使うが、何も形容しないで『コンテンツ』を作るとか、『コンテンツ』が欲しいとかは言わない。また中身は有形無形何であってもコンテントなので、それ自体が具体的に指すものはないだろうと思う。
このコンテントの曖昧さこそが、『デジタル・コンテンツ』という表現にぴったりだったということだろう。アナログの時代は異なるメディアを組み合わせて使うことは難しかったが、データがデジタルになってしまうと、すべてが0と1の並びになり、いわゆるどんなメディアでも一緒に扱えるようになった。そこでマルチメディアなデータのことを『デジタル・コンテンツ』と苦し紛れに呼ぶようになったように記憶している。

それはともかく、曖昧さのあるコンテンツは便利な言葉である反面、一般の人にコンテンツといっても通じにくいと思う。コンテンツ産業とか、コンテンツを作ります、と言ってもピンと来ないだろう。我々もデジタルサイネージのコンテンツ云々ということは内輪ではよく言ってきたが、営業局面ではコンテンツという言葉をもっと具体的に内容を示すものに置き換えて表現するべきだ。
たとえば『販促用ショート動画コンテンツ』とか『アニメ教材コンテンツ』とか『館内案内コンテンツ』とか『インテリアの環境映像コンテンツ』などなどとなるだろう。ところが同じデジタルサイネージでも、銀行や病院の情報表示はコンテンツとは呼ぶことはない。またWeb(HTML)を表示している場合もコンテンツとは言わない。とすると、わざわざコンテンツと呼ぶものは、何等か人手でひとつひとつ作りこんでいるものを指すようだ。

 

タッチパネルがついていてインタラクティブな仕組みがあるとか、今後はAIを使って人と応答するヴァーチャルマネキンなども増えるのだろうが、これらも基本のグラフィックデザインは人手で制作しても、自動応答のシステムとして稼働する場合はコンテンツとは呼ばないだろうと思う。
要するにデジタルサイネージにおける『コンテンツ』とは、グラフィックデザインに非常に近い言葉になっている。つまりデザインのディレクションをする人と制作をする人の協同でなされるものとなる。それなのに『デザイン』を強調しないで『コンテンツ』と呼ぶのは、サイネージでは多くの場合に他のメディアで考えられたデザインの派生として制作されることが多いからだろう。その理由はメディア利用の経費配分において、一番あとまわしになっているのがデジタルサイネージだという現状からきている。

このことは、デジタルサイネージがメディアとしてまだ独り立ちしていないことを意味している。まだ当分の間はこのような状態が続くのは致し方ないが、デザインの派生だけでは同時にデジタルサイネージの利用範囲を狭めてしまうことになる。デジタルサイネージの可能性拡大という視点では、まだ他のメディアが使いにくいところに用途を見つけていく必要がある。その兆候というのもたくさんある。たとえば『こんなところにサイネージがあったら...』で書いた出版物のようなモデルである。これは幼児からビジネス用から高齢者向けまで、すでにいろんな取り組みがされている。
この場合の難しさは、すでに必要なコンテンツを保有しているところに対しては制作サービスは可能であるけれども、コンテンツホルダーが別にいる場合は許諾を取らなければならない点でひとつの壁がある。従来のデジタルサイネージはデザインの派生という点で広告業界と協同する面があったが、これからはコンテンツホルダーと協同して新たなビジネスを開拓していくという方向もあるだろう。

顧客のことを知る努力

営業の際に顧客の視点で提案するのは当然としても、無責任な提案をしている例が多く見受ける。それは顧客の気を引くために何か新鮮な話題を提供しなければならないという思いからくるのかもしれない。“デジタルサイネージはこんなにスゴい!”という主旨の某書籍には、小売店のPOSレジのデータを使って、品薄なものと余り気味なものを分析して、余り気味なものの販促をデジタルサイネージでリアルタイムでするとか、気温によってプッシュする商品の表示を変えるような提案がある。こういうアイディアをいっぱい話し合うことの意味はあるのだが、それで商談が進むようには思えない。

上記の提案は、商品仕入れや在庫の調整の話であって、そこにデジタルサイネージが割り込んで引っ掻き回すわけにはいかないだろう。もし上記のような販促メカニズムを既に考えている小売ならば、すでにPOPやノボリなどアナログな方法で対応しているはずである。

もしデジタルサイネージの営業が小売店を観察していて、そこで行われている販促のノウハウに気付いたならば、それに関連したデジタルサイネージの活用を提案するのは正しい。つまり起承転結の「起」と「結」だけをくっつけたような提案にすると無責任と思われてしまう。

 

この問題を整理すると、①今すぐ効果があること、②次ステップで何をするべきか、③将来にわたってめざすところ、というのを混同させないことだ。つまり目標を直近、来期、中期にわけて整合させて作っていく必要があるので、それぞれのスコープにおいて、顧客の販売計画、戦術戦略、企業理念を理解したうえでないと、顧客が身を乗り出して親身に検討する良い提案にはならないはずだ。

難しいように思えるかもしれないが、これらのアバウトなことは平たく考えれば顧客のWebサイトとか会社案内、決算資料などからざっとは読み取ることができる。提案のアイディアが浮かんだとしても、やはり顧客のことを知る努力をしてから提案を練る必要がある。

 

大きなお世話、に注意

昔から、コンサルティング営業とか提案営業とかいわれ、客先のビジネスの助けになるようなストーリーをからめて自社製品やサービスを売り込むことが行われている。もっと進むと『ソリューションを売る』というような顧客の問題解決に踏み込むビジネススタイルがある。しかしあまり提案の風呂敷を広げすぎると逆効果になるだろう。「いったい何の権限があって、人のビジネスに口出しするのか?」と思われてしまうからだ。

そもそも提案営業の基本は顧客をよく知ることから始まるもので、よく知りもしないで押し売り提案しても無駄である。他社のサクセスストーリーやコンサルタントの講義などで見えないのは、どのように顧客と接して会話し、情報を整理しているかのところであって、そこを割愛した話を聞いてそのあとのソリューションの部分だけに「なるほど」と思っていまうことには注意しなければならない。

どこでもお客さんの接待はしていて近況はつかんでいるのだろうが、それと情報分析は別である。お客さんの同業社、特に競合社がどういう状態で、何をしようとしているのかなども客観的に抑えておく必要がある。おそらく最も顧客の意識の中に強くあるのが競合との差別化のことだろう。つまりお客さんがなぜそんなことを言っているのかの意味が理解できるような情報の下地をもつことである。

 

大きなお世話にならない提案というのは、起承転結の『起承』の部分において、顧客の心の内を代弁するようになっている必要がある。言い換えると、起承の部分で顧客が「そのとおりだ。ウチのことをよく理解してもらっている」と思ってもらえれば、その先の転結の提案部分も耳を貸してくれるが、最初の起承の部分で、「ウチの事情も業界の事情も知らんくせに、勝手なことを言っている」と思われると、その先の提案がいかに優れたものでもウソ臭いものに思われてしまう。

 

顧客の競合社のことを露骨に表現しなくても、顧客が競合社のことを思い浮かべるようになっていればよい。そのような要素を提案に入れるためには、当然ながら顧客と競合社の比較研究をしなければならない。ただそれは競合社を負かすという視点ではなく、それぞれの進む道がずれている場合も多いので、各社の個性を伸ばすという視点の方が無難である。もしかすると競合社ともビジネスをする日が来るかも知れないからだ。

 

 

 

LED Strip

街にも住宅にもクリスマスのイルミネーションが付き始めているが、これにもいろんな流行り廃りがある。豆電球の時代には夜空に星が瞬くごとく明滅する電飾がよく使われていたが、LEDになってしだいにネオンサインのようになりつつある。

さらに近年は自分で自由なイメージ表現ができるような、LEDストリップが作られていて、amazonでも売っている。

これは両面テープで貼り付けるような目的なのでテープの部分が黒ベースだが、透明テープを使ったものはカーテン状にしたものも売られている。

こういうのを使って大型のLEDビジョンを自作している動画がYouTubeにはあがっているくらい、簡便に加工や設置ができるし、電気工事も普通の家庭のもので可能になっている。コントローラもラズベリーPiなどの安いものを使い、スマホからWiFiで操作する動画もYouTubeには多くある。街角映像ではインドのものが多いように思える。

 

その仕組みは、RGB3色のLEDと、それをコントロールするICを、5ミリ角とかのサイズに一体化できたからである。

これにより、ちょうど昔のテレビの走査線のような信号をLEDストリップに送れば、画像の1スキャン分を表示できるようになるので、走査線の数だけLEDストリップを並べると、巨大なテレビのようなものが仕上がる。簡易防水のものは屋外にも使えるが、そのままではあまり耐久性はないと思う。もともとの設計がクリスマスのような臨時設営に合わせてあるからだろう。でもガラスの内側に貼れば大丈夫だ。

この写真はおそらく1インチピッチの目の粗いもので、十分に透けて見えるが、もっとピッチをつめて数ミリおきにLEDを並べたものもある。

こういう技術を使って、あらかじめ小ウィンドウのガラスに簡単な内装工事で取り付けられるようにユニット化したものが注目を集めている。YouTubeで、『シースルー LED』『透過型 LED』で検索するといろんな設置例をみることができる。

参考:https://www.facebook.com/photondynamix/

 

 

 

 

 

コンテンツは誰が作る?

前回紹介したデジタルサイネージの本では、サイネージ分野を3つの業界から見ている。それらがデジタルサイネージコンソーシアムの核でもある。

あえて言えばエンドユーザーというか、サイネージを使う主役のことは外して議論している感があった。JR東日本などではデジタルサイネージは定着しているが、すでにマスメディアに匹敵するようなものになったことを書いた。ドア上の場所は運行情報を流す場所であったわけだから、実際にはJRが主役のはずで、JRの考え方とか利用の予定を聞いてみたいものだ。

きれいな広告は出るようになっても、人身事故や天候不良での遅れの情報、代理輸送案内などはサイネージで出るようになるのだろうか? 夏には高円寺阿波踊り、錦糸町河内音頭などの行事があるように、もし各駅を中心にイベントを開催していて、その情報を流したいとなったら、沿線においてサイネージを使った案内に便宜を図ってもらえるのだろうか?

 

デジタルサイネージの別の本に、『儲けを生み出す!魔法の映像看板 デジタルサイネージのすごい広告効果』というのがあって、そのp164には、『●コンテンツは店のスタッフがつくるのがいい』という文がある。

「映像看板のコンテンツは、店の販促戦略に合わせて時々刻々変えていく必要がある。そうなるとコンテンツをつくるのは、そのときどきの店の環境がわかっている人、つまり店のスタッフがベストだ。」ということで著者の会社では導入実験などを除き、基本的にコンテンツ制作を店側に任せ、その素材提供とかサポートに徹するという姿勢をとっているという。

それが可能なのはネットの利用とPhotoshopなども含めてパソコンで誰でもどこでもできるからで、オペレータを派遣している例はないし、リモートコントロールもほとんど行っておらず、「広告制作の主役は店である」という理念があるという。

 

このことは全く異論がなく、そうでなければ実際には役に立たないと思うが、それができるところはすでにデジタルサイネージでもネットのマーケティングでも行っていて、これから営業をするとなると、オウンドメディアに関しては自信のないクライアントを相手にすることが多いので、担当者の育成が鍵になる。

それで思い出したのだが、あるところがナイトクラブのチェーン店のWebを受注して店長Blogを目玉にしようとしたことがあった。とはいっても放っておいてBlogを書いてもらえるわけではないので、Web会社の営業は深夜の閉店時間に店を訪問して、店長一緒にBlogをどう書くかの相談にのっていた。そこまでするのはどうしてもこの事案を成功させたかったからだが、ずっと続くとなると営業の体がもたない。

 

現実のクライアント事情をかんがみると、素材提供も重要だが、最初の半年なり1年なりは、月間いくらかのサポート料をいただいて、手取り足取りでコンテンツ制作能力向上をお手伝いします、というビジネスがあってもいいのではないかと思う。

サイネージと広告ビジネス

10年ほど前に出版された『デジタルサイネージ戦略(アスキーメディアワークス2010.4)』は、扉に「デジタルサイネージの現在と未来」とあるように、かなり幅広く当時のサイネージの取組み状況と、これからの発展の方向について、非常に多くの関係者の話が載っている。大雑把にいえば当時はデジタルサイネージの過渡期であるという指摘と、Webも利用スタイルが定まるまでに時間がかかったというようなトーンで書かれている。この書籍はデジタルサイネージコンソーシアムの活動のまとめのようなものであろう。

第2章ではいわゆる導入事例の話が集められ、第3章はマーケティングとか広告の視点でまとめられている。さすがに8年ほど経っているので今では導入事例は数えきれないくらいになっているのだが、マーケティングツールとしてのデジタルサイネージの役割を考えてみると、まだ過渡期のままであるように思える。つまり誰にでもわかるような利用スタイルというか、広告媒体としての認知が広告業界にもできていないのではないか。
それはもっともな話で、デジタルサイネージはマスメディアのような同じ情報を大量に伝達する手段ではなくて、それぞれのローケーションやターゲットにあわせてコンテンツを用意するような、非常に分散的なメディア(ミニコミのようなもの)を指向したので、画一的な効果測定や料金化というのは難しい。

唯一マスメディア化したのは電車の車内広告で、JR東日本などのページビューはローカルTV・CATVなどよりも多いだろう。しかもアクテェイブな人々が対象なので、車内広告の価値は高くなっている。一方でそのコンテンツは初期においては独自のものが開発されていたのが、今ではTVのCF流用のようなものが主流になっている。つまりデジタルサイネージといってもテレビ広告の延長のようになっていて、過渡期ではなく安定したメディアになったと思える。
先行するWeb広告も紙メディア以上に成長したが、ロングテールの広告を成立させたのはGoogleとかオークションサイトくらいで、どちらかというとWeb広告もマスメディア化しているといえる。

ではいろいろな分野でのデジタルサイネージが過渡期を超える時には、マスメディアに近づいていくのだろうか? やはりミニコミというかネット用語ではロングテールのメディアを開発しようという動きはある。GoogleはYouTubeというロングテールに向いたメディアをもっているので、デジタルサイネージにおいてもロングテールなコンテンツ提供をする方向である。しかし他のところではYouTubeのような仕掛けには手も足も出ない。
以前に専門情報誌が成立するようなニッチな分野では広告モデルのデジタルサイネージが成り立っていることを書いた。WebではBlogが簡単に解説できるように、専門情報のサイネージ配信を簡単にできる仕組み(プラットフォーム)が出てくれば、広告管理を含めたシステム構築を個別に開発する必要はなくなり、いろいろな分野ごとでの広告モデルデジタルサイネージが登場するかもしれない。

今でもクラウド型デジタルサイネージではコンテンツの編成から配信に関する管理をネット上で行えるようになっているが、広告の申込み・受付からトランザクション・レポーティングの仕組みが無いので、外側で別途構築しなければならない。日本の広告業界がこういったニッチ分野には関心を持っていないからプラットフォームがないのだろうが、海外ではどうなっているのか調べてみたい。

デジタルサイネージはオウンドメディアの第一歩になる

愚痴を言うわけではないが、アメリカで登場したデジタルとネットによる新たなコミュニケーションツールが日本では十分活用されなかった状況を多く見てきたので、アメリカと同じような宣伝文句で日本のメディアビジネスをすることの限界を感じる。そうはいってもコミュニケーションのIT化に遅れるとビジネスでも教育でも大変なビハインドになることはわかっているので、その日本固有の障害を探して突破しなければならない。

そもそもコミュニケーションのツールをデジタル化する技術的なことは世界共通なので、日本にハンディはないのだが、コミュニケーションしようという志向が日米で大きく違っているのだろう。Webのオウンドメディアのことを以前も取り上げたが、日本の企業には広告代理店に外注する部門・担当はいても、顧客とコミュニケーションしようという担当は少ないために、日本のオウンドメディアが高評価されないのではないか。

この画面キャプチャーはコカコーラのサイトで、コークについて検索するような人が対象ではなく、コカコーラ社がどういう会社なのかを理解してもらうことを主眼にしていると思える。そのためにどこかに同社に関連したエピソードとか記事を掲載しているのだが、編集部には10人ほど居るようだ。日本の会社でそういう広報的な実務部隊を社内に抱えているのは、今ならオウンドメディアで有名な会社くらいなのかもしれない。

 

別の言い方をすると、オウンドメディアができない会社は、広告代理店に外注したありきたりの広報しかできない。それでも広告代理店は一流のクリエーターを抱えているので、お金さえ払えば消費者に魅力的なコンテンツは作れるのだが、コンテンツが魅力的であることとビジネスの成否はイコールではなく、儲かった企業が税金対策で広報活動に金をかける場合もある。業績が下降するとすぐに広報予算がカットされることでもある。

では予算のない組織ではどうすればよいのか? これは今日では難しいことではなく、そこで働いている人の日常をメディア化する訓練をすればよいのである。つまり美味いメシを食う時にはスマホで撮影してインスタに上げる習慣のある人なら、自分の扱う商品の良い点を撮影する習慣をつける。仕事がうまくいった時の社内のよい雰囲気も撮影して残しておきたい。扱う商材について仕入先から聞いた面白そうなエピソードもその都度SNSに上げておくのがよい。お客さんから褒められたうれしい話も社内で共有できるようにするのがよい。このようにして一人一人がソース情報を溜めこむことがよいコンテンツ作りの土台になる。

社長や偉い人が威勢のよい話をすることをデジタルサイネージで流しても、きっと振り向いてもらえないだろうが、消費者目線で面白いコンテンツというのは現場の人が感じているはずで、その人たちの訓練をする場として考えると、デジタルサイネージはオウンドメディアの第一歩になるといえる。

こんなところにサイネージがあったら...

こんなところにサイネージがあったら、有効に使ってもらえるのに、と思うことはよくあるが、たいていは先方に予算がない。パソコンでコンテンツを作るデジタルサイネージなら、予算はなくとも自分たちでコツコツとコンテンツを溜めていくことは可能かもしれないが、そういう動機づけをするには忙しすぎるとか人事労務上の制約が大きい。もし責任者が自分でヤル気を出せばやれないことはないのだが。

 

例えば私の住んでいるところにも小さな規模の保育園が増えていて、マンション立ち並んでいるところでは、1区画に一つくらいは設置されるようになった。だいたいは閉鎖した商店の跡地だったりして十分な広さや設備はない。保育士さんの人手も足りないだろう。こういうたくさんある保育園はだいたいは同じ時間帯に同じことをしている。ならば共通の保育番組を作ってネット配信すれば、個別にコンテンツを作らなくても使える。サーバーで保育園のID管理をしていれば、地域情報や自治体からの連絡などの個別の情報も入れられ、保育士さんの助けになるような使い方もできるだろう。

予算がないなら広告モデルでサイネージを提供したらどうかという考えもあるが、場所によっては広告は嫌われるし、また財布を持っていない保育園児を相手に何を売りつけるのか疑問である。これが美容院とか単価の高いサービスなら関連した商品も多くあるわけだから、広告モデルには向き不向きがある。もし広告モデルが可能でも、それをベースにコンテンツ提供を行っていくのは不安定で長続きしないということで、先方から信用されないかもしれない。

 

保育園向けのコンテンツとは、子供の遊びに関するものと、交通ルールや朝昼晩の生活全般に関して楽しく教えるものがある。すでに幼児本はいくらでもあるので、サイネージのコンテンツも自作しようと思えばできるはずだ。でも幼児本に専門の出版社があるように、子育てに何らかのビジョンをもって一貫したコンテンツ提供ができるバックボーンも必要である。

マルチメディアが登場してもう30-40年になるが、紙の出版社がデジタルメディアを提供するとか、出版社と連携してデジタルメディアを制作することは大変困難だった。その第一は収入モデルが違うからで、デジタルコンテンツのほとんどは書籍のようにまとまった収入にはならず、小銭がチャリンチャリンとなるので、これでは投資の回収の目途がたたないと判断されてしまう。

 

コンテンツビジネスでは紙からネットに移行したモデルは、情報誌、地図、レシピ、など多くあり、これからもどんどん移行は進むだろう。デジタルサイネージもそれに合わせて新たな利用分野が生まれてくることになろう。

いまだコンテンツは手探り状態

街には多くの動画表示がされてはいるけれども、それをメシの種にしようとしている人から見ると、あまり納得のいくデジタルサイネージには行き当たらないのではないだろうか。サイネージのハードウェアを購入したところは、コンテンツとして動画を流すか、支給されたテンプレートの写真や文字を差し替えて流すことが多かっただろう。特にスタンドアロンの店舗用サイネージの場合は、購入時にいろんな業種のいろんなシチュエーションに合わせたテンプレートファイルがいっぱい提供されていて、それを参考にすれば誰でも簡単にコンテンツを作れると教えられた。

だがこの次のステップとして、本当に自分のビジネスのためには、どんなコンテンツを作ったらいいのだろうかと考えると、先には進めなくなってくるところが多い。場合によってはサイネージの効果がわからないから止めてしまい、それ以前のポスターや掲示でもいいではないか、という逆行も起こっている。

 

これはデジタルサイネージを導入の際の基本設計が曖昧なことからきているのだろう。だからコンテンツ制作に於いて何を満たせばよいのか?というのが分からなくなってしまう。そもそもサイネージを売る側は、いろんな使用法や事例を紹介して、いいとこどりのプレゼンをしているのかもしれない。しかし必要なのは利用者が自分にとって必須のことを明確に意識しているかどうかだ。

街のサイネージを見ると、そのシステム出身によってそれぞれの利用分野がある。これらが大雑把なサイネージの用途でもある。それを考えるだけでも自分にとって必要なサイネージが何かが浮かんでくるように思える。

家電からは大型テレビ

番組をスケジュールして配信する放送局の送出システムに似せて配信管理のシステムが作られた。広告配信のようなもので制作面と運用管理は別である立場だろう。クラウド型サイネージはこれに近いものが多い。

電子POP

商品とともに棚に収まるような7~10インチの小さな液晶を使い、特定商品の説明的な内容を反復していて、もともとは販促ビデオなのでコンテンツもその延長にある。コンテンツはSDカードの入れ替えなので特に知識は不要。

表示器

銀行や病院では表示装置として他のコンピュータシステムから更新情報を受け取って表示する用途がある。その合間に他のコンテンツを反復表示しているが、ベースが専用システムであるために、販促的サイネージとしての運用の利便性はいまいちかもしれない。

案内用のタッチパネル

問合せを画面タッチで行うインタラクティブ型のサイネージがある。誰も操作しないときは他のサイネージと同様にコンテンツを流せるが、画面にタッチして操作してもらう工夫が必要だ。ボタンなどの選択肢を絞らないと、通りすがりの人に操作してもらうのは難しい。

一方で次のような見方もできる。

・大型テレビ

営業時間全体にわたってコンテンツの適切なスケジューリングをするには、多くのコンテンツを埋め込まなければならず、そこまでの販促は店舗レベルではなかなかやりきれない。

・電子POP

数が多くなると取り扱いが大変になる。通常ハード・ソフトともいろいろなところからの持ち込みであるため、ネットワーク化して一元的な運用はやりにくい。店舗側では効果があるのかないのか、わからず放置しているところもあるだろう。

・表示器

システム屋さんが作ったものが多いので、コンテンツもWindowsで簡便に作るように考えがちであり、クオリティの高い広告にはなりにくい。HTMLコンテンツを扱えるようになっていると自由度は高まる。

・タッチパネル

複雑な操作は向かないし、コンテンツごとにユーザインタフェースも変わって不統一になりかねない。ここでユーザインタフェースで苦労するくらいなら、いっそQRコードでも表示してスマホにバトンを渡した方が利便性は高いかもしれない。ということで今後は一般化して広がるかどうかは疑わしい。

 

というような現状なので、一つ動画コンテンツを作っておいて、いろんな局面に利用してもらうようなふうにはなかなかいかない状態でもある。

 

デジタルサイネージはメディアになれるか?

デジタルサイネージを広告モデルで回そうという試みは増えているが、それができるのは元々駅周りとか人目に付くところに看板を設置していたような広告代理店によるものが多い。そこでは以前からポスター・看板のお客さんが居たわけだし、掲示場所の価値もお客さんには認識されされているから、デジタルのメリットを付加すれば新しいモデルはできるのだろう。表示灯株式会社の4K画面『ハイレゾ・ナビタ』などは開発コストもかかっているだろうが、駅広告における同社シェアに基づくとビジネスの算段はつくのだろうと思う。こういう背景も無しに技術先行で広告モデルをするのは無謀だろう。

掲示場所の価値というのは、どういう人にどれくらい見てもらえるかという露出数が鍵だが、ポスターなどの場合はアルバイト君が近くに座って通行人の数をカチャカチャとカウントしている姿に見覚えのある方も多いだろう。ビルの壁面の大きなLEDビジョンの場合はテレビカメラで通行人の様子をモニタできるようにしていて、今ではソフトウェアでどの時間帯にどれくらいの人が通るかを自動カウントするものもある。こういうデータ化をした媒体資料をもってプレゼンしないと大手の広告はとりにくい。

 

要するに広告メディアとしての価値は、ちゃんと露出数をカウントできるか、またその真正性は大丈夫か、過去にさかのぼってトレーサビリティ(雑誌の場合は印刷会社の印刷部数証明とか)はあるか、などの要件を満たせるかどうかで大きく変わってくる。昔から町の広告代理店でもいろいろな広告露出の開発をしていたが、多くは『きっと着目される』という期待で終わっていて、『効果がなかった』ということで打ち切られるということを延々と繰り返してきたと思う。デジタルサイネージの場合はディスプレイの近くにカメラさえつければ、監視カメラのアプリも進んでいる今日であるから、カウントはできるようになるだろう。そうなればメディアの仲間入りといえる。

 

しかし、広告の営業とか運用を考えると、個々に設置されているデジタルサイネージごとに広告営業をしていたのでは割があわず、また広告出稿する方も付き合ってはいられない。街の至る所にあるサイネージ設置のプロフィールを一覧化して、広告出稿と広告媒体側のマッチングが容易にできる仕掛けが必要で、以前はそれが広告代理店であったわけだが、ITの今日では Airbnb Uber といったような無人化したマッチングサービスが出てくることになるのではないか。

 

とはいっても、それはすぐのことではないから、今すぐ広告モデルのサイネージをするとなると、不特定多数の広告出稿主を相手にするのではなく、むしろ特定分野に限定して商品とコンシューマのマッチングをするところが成功している。紙の媒体でいえば専門誌とか業界紙といったものだろうか。こういう分野はすでにモバイルマーケティングで行われているので、それを引っかけてサイネージの設置ができないかと模索している動きもある。つまりニッチなモバイルマーケティングと手を組んで売り場や店舗のデジタルサイネージで最後のクロージングに持ち込むのが望ましい。

サイネージネットワークは広告ビジネスをするわけではないし、その仕組を作るわけでもないが、そういうところを一緒にモノを考えていくようにならないといけないだろう。(例えば…というのはまたの機会に)

 

カラーバリアフリー

サイネージネットワークのある文京区のWEBサイトを見ると、マルチリンガル対応になっていて、『English、中文簡体、中文繁體』が切り替えられるようになっている以外に、『音声読み上げ』と『色合い 標準:青地に黄色:黄色地に黒:黒地に黄色』の選択ができる仕組みがある。
新宿区、豊島区、練馬区なども同様の対応がされているが、実現方法はバラバラで、多くはホームページの記述そのものによるものではなく、新宿区は民間のサービス(リードスピーカー・ジャパン株式会社)を、練馬区は日立のアクセシビリティ・サポーター「ZoomSight」を導入して実現している。

 

この標準配色のほかに、ハイコントラストの色合い(3パターンを用意)に簡単に切り替える仕組みは、色の見え方が一般と異なる(先天的な色覚異常、白内障、緑内障など) 人にも情報がきちんと伝わるよう、色使いに配慮したユニバーサルデザインの一環であって、カラーユニバーサルデザインとも呼ばれ、印刷物でも近年は非常に意識されている分野である。

一方新聞などは基本的にモノクロであったのが、カラーテレビの時代になって天気予報での気温分布・選挙速報などでの色分け表示が、色覚異常者に識別の難しい色の組み合わせが目立ったことから、今世紀になって「色覚バリアフリー/カラーユニバーサルデザイン」の啓発活動が始められ、無意味な色の濫用を避け、 色によって情報の伝達が妨げられないよう啓蒙されはじめた。レーザポインタの赤い点も視認が困難な人が居る。駅の案内など公共空間分野では、札幌市が色弱者対策を進めたのが有名だ。

 

これはゲームを含めコンピュータの画面すべてに当てはまることだが、まだ対応は少なく、文京区などは先駆けであったと思う。その後他の区に及ぶに際して、民間の会社がソリューションを提供しはじめて冒頭のような状況になったのだろう。
文京区の標準配色は明るい灰色で、これは弱視者には通常見づらく、黒地に白文字が読みやすくなるという。色弱者にもいろんなタイプの人がいるので、黄色地に青字のウェブサイトが見やすいのと反対に、先天性色弱者は青色背景が見やすくなるなど個人差が大きいので、ウェブアクセシビリティ規格「JIS X 8341-3:2016」ではスタイルシートで配色変換ができるようにするのが望ましいとされていて、文京区はスタイルシートを選択できる構造にした。

 

このウェブアクセシビリティの規格は強制ではなく、可能な範囲でお願いしますというものなので、デジタルサイネージでやらなくてはならないわけではないが、その用途によっては考えておかなければならない事項だろう。

ただ上記の色弱者の個人差があるので、どのような配色をするのがベストなのかはいえず、現在の各区の取り組みも試行のうちなのだろうが、ガイドラインとしてはベストよりも避けるべきことは何かという意識を最初に持つのがよい。これは伝えるべき重要なことは高コントラストにするとか、赤緑の対比は使わないとか、きっといくつかポイントがあると思う。

ウェブアクセシビリティ規格の元であるW3Cには、明度差や色相差に関してのガイドがあり、次のような式が出ていて、明度差は125、色相差は500にするといい、文京区の色合いはそれを満たしているという記事があった。

 

(maximum (Red value 1, Red value 2) – minimum (Red value 1, Red value 2)) +
(maximum (Green value 1, Green value 2) – minimum (Green value 1, Green value
2)) + (maximum (Blue value 1, Blue value 2) – minimum (Blue value 1, Blue value
2))

 

デジタルサイネージでも明度差や色相差を検討するときには使える式ではないかと思う。

 

サイネージのニーズ変化を考える

タイムセールとは和製英語で、time sale と表記しても欧米人には伝わらないらしいが、毎日スーパーなどでは行われている販促である。正確に表現しようとすると時限セールということだろうか。どこか地域を指定すると、いつどこでどんなタイムセールをしているのかを調べるアプリが出るほどに盛んである。店舗だけでなくECでも行われている。

ECの場合は公開時間をあらかじめスケジューリングしておくだけのことだから準備は楽だろうが、スーパーのようなところだと、在庫のはけ方によって、また当日の天候などによって、時限セールに出すものや、売り方の調整を日ごとにしなければならない。扱うitemについては予定があって、POPなども事前にある程度は用意はできるのだろうが、デジタルサイネージにすると『あと何個!』というカウントダウンに近い表示まで可能かもしれないことを以前に書いた。

 

つまり競合店と時限セールの競争が起こった時に、デジタルサイネージのようなダイナミックな表現手法を持っているところが優位に立つかもしれない。たいていのオンライン型とかクラウド型サイネージはスケジューリング機能をもってはいるが、コンテンツを作ってアップロードするところとかはシステムにはなっていない場合が多い。もし時限セールの競争が起こりだしたら、ここをなんとかしたいという要望がいろいろでてきそうだ。

単純なところではスマホで撮影して即サイネージにアップしたいとか、それも売り場の動画をサイネージの画面に埋め込みたいとか、既存のCMSでは不可能なものが考えられる。今のところ例外的画面はHTMLで作って、フルHDのブラウザで表示するとすると、ほぼ何でもできる。それがCMS・配信システムに取り込んでサイネージコンテンツの一部として表示できないにしても、HMDI切替機などを使って、ソース映像の切り替えをしてしまえば手動/半手動でできる。

しかしこんなサイネージの実験をしてくれる業者がどこにいるのだろうか? この1年の間にサイネージネットワークにかなりあった問い合わせは、『コンテンツはあるのだが、更新作業をやってもらえないか』というものだった。だがコンテンツ制作については料金の目安もある程度一覧化できるものの、更新作業のような運営面については今のところ料金の尺度はない。昔から取引をしているお客さんであれば、実際に作業にかかった工数を理解してもらえて、料金の提示もできるのだが、ネットやメールのやり取りだけでは費用面の交渉が行いにくい。そこでコンテンツの加工も含めてどのくらいの程度と頻度があるなら、月間いくらという丸めた運用代行のサービスを考えていた。

 

おそらく運用代行が軌道に乗ったならば、その運用をさらに効率化とか迅速化するために、次なるシステム的な運用提案をすることになって、そこで前述のような今までにない実験も可能になるのではないかと思う。この場合は運用を請け負う側が、クライアントの仕事の性質をすでに知っているので、必要な品質・タイミングを実現できるだろう。もし過去に取引がなかったならば、クライアントのお仕事に対するヒヤリングから始めなければならない。もしろん今でも求められればそのようにできるのだが、更新作業の代行を問い合わせて来られる方は、そこまで大げさには考えておられないと思える。

 

デジタルサイネージの普及とともに、表示内容も表示方法も運用も多様化してきて、メーカーのソリューションの押し売りでは対応できない局面が増えていく。サイネージネットワークとしては、料金が幾らなら引き受ける/引き受けない、という杓子定規なビジネスではなく、クライアントとともに試行しながら、クライアントの独自性の発揮できる運用方法を開発していきたいと思う。

コンテンツ制作のディレクション

デジタルサイネージのコンテンツは販促ビデオの流用であったり、ポスター・掲示物の借用など、制作のコストも考えてなければ、何の企画も思いつかないままの、無目的といってもよいような場合もあり、効果もないわけだから、そのうち当事者も飽きてサイネージ自体をやめてしまうようなことも過去にはあった。
逆に何らかのインパクトを与えるメディアとしてデジタルサイネージを位置づけるならば、目的に沿ったディレクションをすることは必須であるが、尺の短いサイネージを短期間に更新し続けるとなると、ビデオ映像を作るような専門家に頼んで手間や費用かけて制作することはできない。

 

デジタルサイネージのクライアントの方も、よくて印刷物の発注経験があるかどうかだろうから、コンテンツ制作のディレクションは不案内だろう。ビデオのように映像専門家を間に挟む場合は、クライアントも制作現場もディレクターの意見を聞いていればよいわけだからまとまりやすいが、そんな人が居ないとなるとクライアントと制作現場が相談しあって進めることになる。以前の記事『動き方を指す用語』はそんな中で使ったものであった。制作側の営業マンがディレクターの代役をする場合もあるが、今後のデジタルサイネージの活用を考えると、クライアント側もディレクションに関する能力を高めた方がよいだろう。

 

とはいって格段にハードルが高いわけではなく、ディレクションの要素は映像制作以外でも参考になるものはいろいろある。新たなサイネージのコンテンツを作るプロセスは、ビジュアル素材を作る/用意することとは別に、①あらすじ(プロット)を考える → ②絵コンテを作る ことが必要になる。この両者は相互に関係しているので、尺が短いサイネージでは進行とビジュアルを同時に考えてしまうことが多いだろうが、勉強するという点では分けておいた方がよい。

 

一般の人にわかりやすい教材としては、漫画の描き方がよいのではないかと思う。Webの『まんが家養成講座』を見ると、次のような項目がある。

まんが家養成講座
ストーリーはどうやって作るのか?(1)
http://shincomi.webshogakukan.com/school/2007/01/1_7.html

絵コンテ(ネーム)を描く
http://shincomi.webshogakukan.com/school/2007/07/post_5.html

これに限らず同様の教材は多くあるようだ。①のあらすじは起承転結のようなものを考えればよい。②の絵コンテは、映像にかぶせる文字や図形の大きさ・位置関係・速度なども横に注釈として書いておくようにすれば用が足りる。

これは前述サイトの漫画の絵コンテなので右ページから左ページに流れるが、デジタルサイネージの場合は同じサイズの画面が並んでいる用紙を作っておいて、シーンチェンジのところを描いていく。絵を描くのが難しいと思われるかもしれないが、若い人では授業中でもノートの端にキャラクターを描いた経験のある人は多いように、意外にできるものである。

 

制作に際しては、このシーンチェンジのところは丁寧に作らなければならない。以前CG映画を作るプロセスを聞いたのだが、重要なシーンはあらかじめphotoshopで静止画としてポスターのように丁寧に作りこんでおいて、そのイメージをターゲットにCGパーツや組み合わせ表現の作業が分業で行われるというものだった。つまりサイネージでも絵コンテのラフスケッチをベースに、制作側が重要シーンをしっかり作ってから、その前後を処理していくのが、迷走しないためのよい方法かなと思ったものだった。

動き方を指す用語

デジタルサイネージに動画を貼っているだけの場合はよいが、実際には静止画を使って動きのデザインをすることが多い。その場合の動かし方の表現は、やはり映画のカメラの操作から来ている用語を使うことが一般的なようだ。つまり静止画を動かす作業をする人は、映像のカメラマンになったつもりで仕事をすると、より動画らしくなるともいえる。

以前に用語説明に使った資料があったので、貼っておきます。クライアントと制作現場と営業との間で、プリントや印刷物をベースにして、動きが速いのか遅いのかを含めて、指示の書き方も大まかには決めておいた方がよいでしょう。

 

フェイドイン・アウト

不透明度を、0%から100%に、またその逆

 

チルトアップ・ダウン

カメラのレンズを上下させるイメージ

 

ズームイン・アウト

 

 

フレームイン・アウト (画面への出入り)

 

パン (視線の移動)

風景をパノラマのように見せる場合もある

 

ワイプ

画像が入れ替わる。

STBって、何ですか?

ネットで動画が頻繁にみられている現代において、デジタルサイネージの用語として出てくるSTBに違和感を覚える人もいる。なぜそのようなものが必要なのか? スマホなどが発達していなかった時代には魔法の機械のように思われ、何十万円したかもしれないが、今ではSTBのない(あるいは見当たらない)クラウド型サイネージもあり、STBの存在感は薄れているようにも思う。

 

そもそもSTBとはSet Top Boxの略で、CATVや衛星放送を見るのにテレビにつけるアダプターを指していた。文字通りテレビの上に置く箱であった。その後にテレビもアナログからデジタルに移行して、しかもインターネットにもつながるような時代になり、CATVのSTBの内部はコンピュータが制御するものとなった。

一方、デジタルサイネージはUSBやSDカードを使うオフライン利用から始まったが、動画の再生をするメディアプレーヤーが必要であって、Windowsパソコンを組み込んだり、また専用のハードウェアーとしてメディアプレーヤーが作られていった。

デジタルサイネージがネット利用になると、インターネット通信の機能とメディアプレーヤーの機能を持ち合わせたものとして、デジタルサイネージ専用のSTBが登場した。これは最初は何十万円していたものが、今では一般には数万円になっている。テレビのSTBとの違いは、テレビが通信しながら映像を出すストリーミングであるのに対して、サイネージの場合は映像ファイルをダウンロードして、メモリにある映像を繰り返し表示している点であろう。

サイネージ専用という場合、コンテンツの作成や組み合わせ(Playlist)と配信スケジューリングの機能を持たせていて、そのために制作・配信アプリ、再生アプリにそれぞれの特徴が出ている。例えば映像をテンプレートと素材に分けたままにして、再生アプリがそれらを組立てて映し出すようにすると、内容更新が楽だし、通信の負担も少なくなる。また制作。配信のアプリをどこかのパソコンにダウンロード・インストールして使うか、クラウド型にしてログインできればどこからでも作業できるようにするか、という違いもある。最近ではマルチ画面のコントロールをどうするか、タッチパネルでの制御をどうするか、というのもSTBの機能と関係していて、今は実に雑多なやり方が混在しているといえる。

 

サイネージのコンテンツは基本的には動画作成に過ぎないのだが、利用面の多様さを考えると、アプリが作りやすい方が進歩する。そうするとSTB機能はパソコンにやらせた方が柔軟に対応できるので、小型パソコンをSTBと称して使う場合も多い。そのサイズはだんだん小さくなっていき、10cm角強になるとか、大型液晶パネルの背面にスロットインできるなどで、あまり目につかない。

パソコンSTBはOSに関してWindows10(IoT)を使う場合と、Androidを使う場合がある。映像を再生する機能というのはメディアプレイヤーというアプリを使うにしても、音や動画のデコードはOS寄りの仕事なので、OSのよって若干仕様が異なる面がある。それが嫌なら独自にデコーダーも含んだ再生アプリを使うことになる。これはパソコンによるDVD再生アプリがいろいろあるのとほぼ同じ状況だ。

 

パソコンはどんどん小さくなって、デジタルサイネージにもスティックPCをSTBに使う場合がある。これもWindows10とAndroidがあって、Androidの方が安いのだが、両者ともサイネージ専用STBと比べて値段はちょっとしか下がらない。しかもスティックPCの中には無理に小型に詰め込んだがために、熱に弱くて死んでしまいがちのものもある。

スティックPCほど小さくなると凄い技術じゃないかと思う人もいるかもしれないが、実はスマホのCPUやGPUと同等の技術でできていて、何千円(の低い方)の部品の流用であるので、これが技術の先端ではない。

むしろスマホやタブレットでフルHD動画の再生ができるのならば、タブレットにSTBに必要な機能をアプリとして持たせてしまえば、どこでもデジタルサイネージになるのではないか、という発想のベンダーも出てくる。

ソフトバンクのQuickSignageはタブレットをSTB/メディアプレーヤーとしても使えるもので、インターネットまわりの設定を何もしなくてもクラウド型のサイネージなる。ただし、メディアプレーヤーはあくまでタブレットに備わっているものなので、タブレットで再生できない動画や音は出ないから、オーサリングの段階で仕様を合わせておく配慮が必要になる。でも現実的にはタブレットで見れない動画というのはマルチ画面くらいしかないのではなないだろうか?

 

サイネージの年間計画化

ホームページ経由で見積もり依頼をいただく場合というのは、依頼先の事情としていつまでに何をしなければならないという逼迫したものがあって、どんな素材があって、どんな尺で、など外見上の仕様に合わせて提出する場合が多い。その値段が相場の範囲なら、具体的に営業がお会いして打ち合わせをすることになる。ある意味では、依頼先からすると、とんでもない見積もりが出ないことを確認するために、一般的な仕様でいくらになりそうか聞いているのだろうと思う。

今日では、『動画制作 3万円から・・』のような広告は山ほどあり、またそういう仕事をしているところからの売り込みもよくある。しかし実際に新規に動画を作るとなると、何度も打ち合わせのやりとりが起こって、むしろ制作作業時間よりもそちらの方が長くなるもので、単純に何万円でどの程度ができるとは言い難い。おそらく『3万円から』のような場合はすでにテンプレートがあって、ネームや写真を差し替えるとか、トリミングやマージやフォーマット変換程度の編集なのかなと考えてしまう。

 

ちょうど昔からあったチラシの図案集のようなものが、パソコンの場合にPOP制作になり、それが画面用に電子POP化した世界として、10年前くらいにデジタルサイネージの黎明期があったように思う。デジタルサイネージを導入すると何百という販促デザイン素材がついてくるというのもあった。しかしそういうのは紙のポスターや印刷物に戻っていったものもある。つまり『3万円』でも『2万円』でもデザインを安くしていきたければ、やりようがあるものの、本当に顧客が求めているのは、ただ安くすることではないはずだ。

デジタルサイネージの営業が依頼先にお会いすれば、依頼先のビジネスがどういうものであるのかが分かってくる。必要なものがスライドショーに毛が生えただけのようなものなら『3万円』もかからないだろう。撮影からやりなおした方がよい場合もある。いずれにせよどんな目的で使うのかが見えてくれば、価格的に適正な提案というのは可能になるが、突然のホームページからの依頼では客先のビジネスがみえないので、単純見積り以上の提案は行いにくい。

例えば、今必要なものはスポットで制作するとしても、それと似たものが年に何回かあるとか、来年もほぼ同様なものが必要になるのならば、かなりテンプレート化・規格化した設計にしておいて、後から文字や写真の差し替えを簡単にできるように作った方がよい。今スポット制作費用ではそのような段取りはできないとしても、需要が見込めるならば無理してでも最初に作ってしまうことはある。当然価格はスポットのものであっても、リピートがあったら割が合うようにはできる。

 

印刷物発注の場合は、長年どこかの印刷会社と付き合っていて、過去の制作物が印刷会社には保管してあって、毎年それを更新するようなやり方が多いが、デジタルコンテンツの場合はそのような習慣はあまりない。こういう習慣があると、自然にPDCA(プラン・ドゥ・チェック・アクション)の管理サイクルを回すことになって、徐々に改善していくマネージ型になりやすいと思う。過去10年のデジタルサイネージが息切れしていったのは、PDCAを回すようなやり方にできなかったからだろうと反省している。

小売業では各業種ごとに販促カレンダーをお持ちであるので、それらと連動して、販促の一環としてデジタルサイネージの計画もするようになっていれば、限られた年間予算枠をもっとも生かしたコンテンツ制作ができるだろう。費用の掛かるクリエイティブな部分はその都度制作するのではなく年間単位で使いまわして、年内の各イベントはいくつかのテンプレートに分類して各回の制作費をおさえ、さらにタイムセールなどは現場で写真を撮って載せることで出費をなくし、しかも週単位で新鮮な情報が提供できるように、トータルな提案がさせてもらえればお互いにハッピーなのだが。